ドイツ語のこと

ドイツ語のこと

ところで、オーストリアの家族とのエピソードを語るのに、言葉のことを避けては通れません。
語学留学でないとはいえ、言葉は音楽と同じかそれ以上に苦労しました。
私の場合、18歳で渡欧して9年間も滞在していたわけですから、喋れて当然と思われるでしょうが、若かったからいつの間にか自然にペラペラに・・・なんていうことはなかったです。
そんな私自身の語学体験談をここに少し記しておきます。
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写真:語学学校として1年目の夏休みに通ったウィーン大学の構内。(2014年12月撮影)

留学当初

オーストリアはドイツ語圏です。
高校3年になった頃、ウィーンに留学するにあたってまず始めたのはドイツ語の勉強でした。
もう15年程前のことなので当時どの程度まで勉強したのか具体的にはよく思い出せませんが、出発前に文法の基礎はひと通りやっていたと思います。

ウィーンの音大に入学してからは、まずは平行して語学学校へ行って必要な単位を取り、一から現地のカリキュラムで授業とレッスンを受けなければなりませんでした。私は日本で普通科の高校だったため、授業(音楽史や楽器学、和声学など10数教科)が一つも免除されなかったからです。(日本で音大・音高を出ていれば、学校にもよりますが免除されるものがいくつもあります。)
ピアノのレッスンに関しては、先生とフィーリングが合ったおかげか最初からそれほど苦労はありませんでした。何よりも演奏を通して言いたいことを伝えてもらえるし、音楽が共通の言語なので「レッスンを受ける」だけならちょっと言葉をかじっているだけでも何とかなるものです。(もちろん深い内容や議論になると言葉がわからないと論外ですが)

私が最初に苦労したのはむしろ他の授業の方です。毎日講義を聞いていても訳がわからず呆然としていました。ただ、友人に恵まれたおかげで、同じような状況の日本人同士の連携プレーで(ノートを貸し借りしたり勉強会をしたりして)なんとか試験は乗り切っていきました。
大学の方はそんな感じで思っていたよりもスムーズに単位が取れ、そうこうしている間に日本人以外の友達も増え、日常生活における会話も不都合がないくらいにはなりました。

ところで、よく「どれくらいでドイツ語ペラペラになりましたか?不都合が無くなるのに何年くらいかかりましたか?」・・・などという質問をされることがありますが、基本的に普通の日常生活を送るだけなら(ひと通りの手続きや買い物をしたり、ちょっと現地の人と談笑したりなど)何年もかかりません。数ヶ月そこにいれば十分でしょう。

ただしどれだけ本人が「言葉」というものに重みを感じているか、その必要性によってはキリがないとも言えます。
例えば同じ音楽学生でも、「フィーリングの合う友人との交流ができて学生生活に不都合が無ければ十分」と言う人もいれば、「現地の人と深く何でも議論しないと気が済まない、地元の新聞を隅々まで辞書なしで読めるくらいにならなければ満足できない」と言う人、いろいろです。
私は日本人同士でも深く話をするのが好きで、あいまいなことが苦手な性格上、どちらかと言えば心意気は後者に近いです。その分、大学の語学試験(確か入学して一年以内にパスしないといけない)や単位の取得はできても、現地の人と接する際には日本語のようにドイツ語を操れず、本来の自分を出せない、自分の語学能力は足りない・・・といつも劣等感を持っていました。

オーストリアの家族の中で

そうこうしているうちに、ウィーン生活5年目にしてオーストリア人家族と関わり同居することになり、私のドイツ語の必要性は一気に高まりました。大学の勉強よりも何よりもこの時期ほどドイツ語と格闘したことはありません。

このお宅では常に家族以外の人たちが出入りし、初対面の彼らの友人・知人と一緒にテーブルを囲むことがしょっちゅうでした。
当時の私には、よく知らない人たちとの歓談をそつなくこなせるほどの社交性はまだなく、何よりその場で、唯一自分だけドイツ語が母国語ではないことに、居心地の悪さを感じていました。
私に直接語りかけてくれる内容はわかっても、彼ら同士が一気に方言混じりで喋っていることは全体の何分の一しか理解できず、恥ずかしかったのです。
トンチンカンなことを言わないようにしないと・・・、今みんなが笑ってること、イマイチわからなかったけど私も笑っておこう・・・など、必死で取り繕っていたわけですがみんな見抜かれていたのでしょうね。
ある時お母さんは言いました。「美由紀は私と二人の時は何でもよく話してくれるのに、みんながいると急におとなしくなるでしょう。完璧に喋ろうなんて構える必要全くないのよ。」
確かに、元語学教師だった彼女の話し方はわかりやすく、またその人柄に甘えて打ち解けていたからこそ、間違いも気にせず何でも話していました。
ところが、他の人たちの前では借りてきたネコのように静かに(5年もいるのにこの程度しかドイツ語できないのかと思われないように)ボロを出さないよう頑張っていたわけです。

でもどうせ頑張るなら本当に自信を持てるようになるまで、まずはもっともっと語彙を増やしていくことから始めよう!と心機一転、この同居をしていた一年間は語学学校に通っていた時期よりもたくさん辞書を引きました。そして微妙なニュアンスや婉曲な表現など、辞書にない言い回しは紙に書き出してバイリンガルの友達に教えてもらい、その日のうちに使ってみるなど、今振り返ると笑えるくらい必死だったと思います。
その甲斐あってか、ある時を境にふっと言葉の切り替えが楽になっていったのです。恥ずかしいという感覚がなくなったというのか、ある意味怖いものが無くなったのかもしれません。
多少ヘンなことを言ってしまっても外国人なんだからいいじゃないか、私だったら外国人が日本語で挨拶できるだけでもよく頑張ったって思うじゃないか、と開き直ったのです。

そうこうするうちに、みんなでテーブルを囲む中に一人、ドイツ語が母国語じゃない自分がいても楽しく過ごせるようになっていきました。
わからない表現や方言に対しては即座に遠慮せずに、「わからなかったから別の言葉で説明して」と、他分野の難しい話題には「ついていけない」と正直に言えるようになると、何の苦痛も居心地の悪さもありませんでした。
そして、ペルチャッハをはじめ、ケルンテン州の田舎町ではまだまだ日本人を珍しいと思う人たちが多く、いろんな場に連れて行ってもらっては文化交流(?)をさせてもらいました。
そうやって過ごした結果、数年後に修士論文を書く際にも文献を読む苦痛が軽減し、本当に助かりました。
それまでそれほどきちんとしたドイツ語を喋れなくても生活は出来ていましたが、オーストリア人家族の中で自分の能力の無さに直面したからこそ、欠点がどこから来て何をすべきなのかがわかったのだと思います。

基本的に外国語は何歳になってからでも、語彙さえ増やせば習得できると思います。別に子供の頃から英才教育を受けていなくても、大人になってからでも十分喋れるようにはなるし、そんな人をたくさん見てきました。
様々な羞恥心が邪魔してか、なかなか思い切って殻を破れない人が日本人には多いのかもしれませんが、気持ちさえオープンにしていれば問題はないのでしょう。
本当のバイリンガルといえるほどになるには、もしかしたら子供の頃からの教育が必要なのかもしれませんが、少なくとも外国生活を快適に満喫できるようになるだけの語学力は、いくつになってからでも心がけ次第だと痛感しています。

(2007年2月記)